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2026/07/27 17:12 ~ なし

小売業研究所【第四章】 教育)若い人が育たない・後継者不足

教育とは、作業を教えることではない・「自ら数字をつくる人材」をどう育てるか

近年、小売業では、人手不足と後継者不足が慢性的な経営課題となっています。

スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ドラッグストア、専門店、そして花屋。業態は異なっていても、多くの現場が同じ問題を抱えています。

求人を出しても応募が来ない。採用できても定着しない。長年働いてきた人が退職すると、その人が担っていた仕事まで失われる。経営者が高齢になっても、事業を引き継ぐ人が見つからない。

こうした状況は、少子高齢化や労働人口の減少だけでは説明できません。

小売業には、長時間労働、低賃金、休日の少なさ、肉体的負担、繁忙期への集中といったイメージが根強く残っています。花屋であれば、早朝の仕入れ、水仕事、重量物の運搬、制作、接客、配達、葬儀や法要への対応など、華やかな商品イメージとは対照的な厳しい現場があります。

しかし、本当に問題なのは、仕事が厳しいことだけなのでしょうか。

私は、人手不足と後継者不足の背景には、小売業の働き方や教育体質が、社会の変化に対して十分に変わってこなかったことも関係していると考えています。

仕事の厳しさを説明することはできても、その先にある面白さを伝えられていない。

作業手順は教えていても、その仕事がどのような価値を生み、どのように成果へ結びつくのかを教えられていない。

若い人に「頑張れ」と求めながら、頑張ることで何が身につき、どのような未来へ進めるのかを示せていない。

人が来ないのではなく、私たち自身が、次の世代に選ばれる仕事へ変化できていない可能性があります。

第三章では、変化の時代において、小さな店舗が何を守り、何を変えなければならないのかについて考えました。

今回は、その変化を実現するために欠かせない「教育」について、花屋と小売業の現場から考えてみたいと思います。


言われたことだけをする仕事は、なぜ苦しくなるのか

花屋の現場には、数多くの作業があります。

花の水揚げ、切り戻し、陳列、清掃、制作、ラッピング、接客、注文受付、配達準備、伝票処理、請求業務、在庫確認、仕入れ、売場変更。

一つひとつに意味があり、決して不要な仕事ではありません。

しかし、働く人がその意味を理解せず、

「言われたからやる」

「決められているからやる」

「上司に怒られないためにやる」

という状態になれば、仕事は単なる反復作業になります。

反復作業には、完了はあっても達成感がありません。

今日一日を終わらせても、自分が何を成し遂げたのか分からない。どれだけ作業をこなしても、自分の判断が成果へつながったという実感を得られない。仕事に対する主体性が生まれず、時間を切り売りしている感覚だけが残ります。

この状態で、

「もっと責任を持ってほしい」

「自分で考えてほしい」

「仕事を楽しんでほしい」

と求めても、簡単には変わりません。

なぜなら、考える機会そのものを与えられていないからです。

指示された通りに動くことだけを求められてきた人に、ある日突然「自分で判断しなさい」と言っても、判断の基準を持っていません。

言われたことだけをやる仕事が苦しいのは、仕事量だけが原因ではありません。

自分の意思と成果の間に関係性が見えないことが大きな原因です。

自分の工夫によって売上が変わった。

自分の提案によってお客様に喜んでいただけた。

自分の仕入れ判断によってロスが減った。

自分が売場を変えたことで商品が動いた。

この因果関係を実感できた時、作業は初めて「自分の仕事」になります。


必要なのは、ワーカーからマネジャーへの転換

ここでいうマネジャーとは、役職のことではありません。

店長や責任者という肩書を持っているかどうかでもありません。

私が考えるマネジャーとは、

自ら課題を認識し、必要な行動を組み立て、結果として数字をつくることができる人

です。

ワーカーは、与えられた作業を正確に完了させます。

それ自体は非常に重要です。正確な作業がなければ店舗運営は成立しません。

しかし、マネジャーは作業の完了だけではなく、その作業が何のために存在し、どの結果につながるのかを考えます。

例えば、花を陳列するという一つの業務でも、両者の視点は異なります。

ワーカーの視点では、

「指示された場所に花を並べる」

ことが仕事になります。

一方、マネジャーの視点では、

  • どの商品をどこへ配置すれば、お客様が選びやすいか
  • どの価格帯を中心に見せるべきか
  • 売れ行きの鈍い商品をどう動かすか
  • 鮮度が落ちる前にどのような販売施策を行うか
  • 関連商品をどのように組み合わせるか
  • 売場変更によって売上、数量、ロス率がどう変化したか

まで考えます。

同じ陳列作業でも、目的と結果を意識することで、仕事の意味はまったく変わります。

花束を作ることも同じです。

指示された花材と金額で制作するだけであれば、制作技術の仕事です。

しかし、

  • お客様は何のために購入するのか
  • 誰へ渡すのか
  • どのような印象を届けたいのか
  • 原価と販売価格のバランスは適切か
  • 制作時間は標準から大きく外れていないか
  • この商品を次回さらに良くするには何を変えるべきか

まで考えられるようになれば、単なる制作担当者ではありません。

自分の判断によって価値と数字を生み出す、マネジャーとしての視点が始まっています。

小売業で働く面白さは、ここにあります。

言われた作業を終わらせることではなく、自分の仮説と行動によって結果を変えられることです。

そして、その面白さを若い世代に伝えることこそ、教育を担う私たちの役割ではないでしょうか。


教育は、知識の移転だけでは成立しない

新人教育というと、一般的には業務手順を教えることを意味します。

花屋であれば、

  • 花の名前
  • 水揚げ方法
  • 花束やアレンジメントの制作
  • ラッピング
  • レジ操作
  • 電話対応
  • 配達手順
  • 冠婚葬祭の基礎知識

などが該当します。

これらを教えることは必要です。

しかし、これは教育の全部ではありません。

知識や技術を伝達する行為は、主にティーチングです。

ティーチングは、正しい手順や基礎知識を短時間で共有するうえで有効です。未経験者に業務の基本を教える段階では、曖昧な質問を重ねるよりも、まず正しい方法を明確に示す必要があります。

ところが、あらゆる場面で答えを与え続けると、教わる側は「正解を待つ人」になります。

問題が起きるたびに上司へ確認し、指示がなければ動けない。失敗を避けるために判断を放棄し、過去に教えられた手順の範囲から出なくなる。

これでは、技術者にはなれても、自ら課題を解決する人材にはなれません。

経験を積んだ私たちの役割は、作業の正解をすべて教え込むことではありません。

基礎を教えた先で、

  • なぜその結果になったのか
  • どの判断が適切だったのか
  • どこに改善余地があったのか
  • 次回は何を変えるのか
  • その改善がどの数字に表れるのか

を本人とともに考えることです。

これがコーチングです。

コーチングとは、ただ優しく話を聞くことではありません。

本人の中にある曖昧な認識を言語化し、事実と解釈を分け、課題の原因を整理し、次の行動へ結びつける対話です。

答えを直接渡すのではなく、答えに至る思考の過程を身につけてもらう。

それによって、次に似た問題が起きた時、本人が自力で対応できる状態をつくります。


「失敗させない教育」が、人を育てないこともある

教育する側は、若い人に失敗してほしくないと考えます。

それは当然です。

お客様に迷惑をかけてはいけない。商品を無駄にしてはいけない。会社に損失を与えてはいけない。

そのため、先回りして答えを教え、細かな指示を出し、間違いが起きないよう管理します。

しかし、すべての失敗を事前に排除すると、本人は判断の経験を得られません。

もちろん、重大な事故や信用問題につながる失敗を放置してよいわけではありません。失敗させる範囲には明確な管理が必要です。

重要なのは、許容可能な範囲で任せることです。

自分で考え、判断し、結果を受け止める。

予想と違う結果になった時には、誰かを責めるのではなく、

「どの前提が違っていたのか」

「何を確認すべきだったのか」

「次に同じ状況が起きたらどうするのか」

を一緒に検証します。

失敗を本人の人格評価に変えてはいけません。

必要なのは、失敗を再現防止のための情報へ変換することです。

失敗の原因が整理され、次の行動が変われば、その失敗は教育になります。

反対に、失敗を隠し、言い訳をし、同じ行動を繰り返せば、経験年数が増えても成長にはつながりません。

経験とは、単に長く働いた時間ではありません。

行動と結果を検証し、自分の判断基準を更新した回数

だと私は考えています。


教育する側にも、学ぶ側にも覚悟が必要

教育は、教える側だけの責任ではありません。

どれほど時間をかけて説明しても、受け取る側に学ぶ意思がなければ、教育は成立しません。

教育を受ける側、つまりレセプターにも、必要な姿勢があります。

まず、自分の仕事に対して本気で向き合うこと。

分からないことを分からないままにしないこと。

失敗を他人や環境の責任だけにせず、自分の行動の中に改善点を探すこと。

必要な情報を自ら取りに行くこと。

言葉だけではなく、行動によって信頼を積み重ねること。

そして、数字を都合よく解釈しないこと。

これらが欠けていると、どれだけ優れた教育環境があっても、本人の成長にはつながりません。

一方で、教育する側にも責任があります。

感覚だけで指導しない。

昨日と今日で言うことを変えない。

結果だけを見て叱責しない。

本人の説明を聞かずに原因を決めつけない。

成功した時は、何が良かったのかを具体的に伝える。

失敗した時は、感情ではなく事実を整理する。

そして、本人に考えさせると言いながら、実際には自分の考えへ誘導するだけの対話にしない。

教育は、教える側が優位に立つためのものではありません。

教える側と学ぶ側が、同じ課題に向き合う共同作業です。

だからこそ、双方に本気が必要です。


技術や知識だけでは、仕事のやりがいは生まれない

花屋には、専門的な技術と知識が必要です。

花の性質、季節、産地、管理方法、色合わせ、制作技術、冠婚葬祭の慣習、札やメッセージの扱い。覚えるべきことは多岐にわたります。

しかし、技術や知識は、継続して現場に立ち、正しく反復すれば、少しずつ身につきます。

それだけで仕事のやりがいが生まれるとは限りません。

高度な技術を持っていても、自分で判断できなければ仕事は苦しくなります。

反対に、まだ技術が十分でなくても、自分の提案が売場やお客様の反応に影響した経験を持つ人は、仕事に可能性を感じられます。

やりがいは、会社から一方的に与えられるものではありません。

最終的には、自分が仕事のどこに意味を見つけるかによって変わります。

ただし、本人にすべてを委ねて、

「やりがいは自分で見つけなさい」

と突き放すだけでは、教育とは呼べません。

教育する側は、仕事の中にどのような面白さがあるのかを示す必要があります。

例えば、

  • 自分の提案で売場が変わる面白さ
  • お客様の曖昧な要望を形にする面白さ
  • 仕入れと販売の仮説が的中する面白さ
  • ロスを減らしながら売上を伸ばす面白さ
  • チームで繁忙期を乗り越える達成感
  • 数字を通じて自分の成長を確認する喜び

です。

仕事の楽しさとは、楽をすることではありません。

難しい課題に対して、自分の力が通用するようになっていく実感です。


売上は結果であり、数字は組織の共通言語である

小売業では、数字から逃れることはできません。

売上、客数、客単価、粗利益、在庫、ロス率、人件費、生産性。

花屋であれば、さらに仕入率、商品回転、廃棄、制作時間、配達効率、用途別売上、店舗別実績なども重要になります。

数字を冷たいものと感じる人もいます。

しかし、数字が厳しいのではありません。

数字は、起きた結果を示しているだけです。

売上が上がったのであれば、何らかの行動がお客様に評価された。

売上が下がったのであれば、品揃え、価格、鮮度、接客、告知、立地条件、季節変動など、何らかの要因がある。

数字そのものには、好き嫌いも感情もありません。

だからこそ、数字は組織の共通言語になります。

経験の長い人と若い人。

感覚を重視する人と論理を重視する人。

制作担当と販売担当。

立場が異なっていても、同じ数字を見ながら検証できます。

私は、数字が上司であるという考え方を大切にしています。

誰かの機嫌や立場ではなく、事実として表れた結果に従う。

また、数字はすべてを癒します。

努力が正しい結果につながれば、自信が生まれます。チームの成果が改善すれば、過去の苦労にも意味が生まれます。利益が確保できれば、賃金、設備、教育、休暇、将来への投資に還元できます。

給料もまた数字であり、結果です。

ただし、「売上を上げなければ給料は上がらない」と突きつけるだけでは教育になりません。

教育する側が教えるべきなのは、数字を要求することではなく、数字をつくる方法です。

  • 客数を増やすには何を変えるのか
  • 客単価を上げるにはどのような提案が必要か
  • 仕入率を下げるには何を見直すのか
  • ロスを減らしながら品揃えを維持するにはどうするか
  • 作業時間を短縮しても品質を落とさない方法は何か
  • 自分の行動がどの指標へ影響するのか

ここまで理解できて初めて、数字はノルマではなく、自分の行動を改善するための道具になります。

そして、自ら数字をつくれるようになった時、働く人の視野は劇的に広がります。

自分の担当作業だけではなく、店舗全体、会社全体、お客様、仕入れ、利益、将来への投資まで見えるようになるからです。

これが、ワーカーからマネジャーへの転換です。


花屋で人を育てるということ

花屋の教育は、制作技術だけに偏りやすい傾向があります。

きれいな花束を作れること。

速くアレンジメントを作れること。

花の名前を知っていること。

もちろん、これらは花屋として重要な能力です。

しかし、店舗を未来へつなぐためには、それだけでは不十分です。

必要なのは、

  • お客様の目的を理解する力
  • 商品と価格の関係を考える力
  • 仕入れと販売のバランスを取る力
  • 問題の原因を事実から探る力
  • チームで情報を共有する力
  • 結果を数字で検証する力
  • 次の行動を自分で決める力

です。

花を作れる人だけではなく、花屋という事業を理解できる人を育てなければなりません。

これは、若い世代を単なる労働力として扱わないということでもあります。

忙しいから作業を任せる。

人が足りないから配達へ出す。

手が空いているから水揚げをさせる。

それだけでは、人は育ちません。

その作業が店舗の中でどのような役割を持ち、どの結果につながり、何を改善できるのかまで伝える必要があります。

私たち経験を積んだ世代の役割は、自分たちの技術を誇示することではありません。

若い人が、自分たちより早く本質へ到達できるよう支援することです。

自分が何年もかけて学んだことだからといって、次の世代にも同じ遠回りを求める必要はありません。

過去の失敗と経験を整理し、若い人がより早く成長できる環境をつくる。

それが、経験を持つ世代の責任です。


教育には時間が必要である

ここまで教育の重要性を書いてきましたが、現場には大きな問題があります。

教育する時間がありません。

花屋では、受注、制作、接客、配達、仕入れ、請求などが同時進行します。繁忙期になれば、教育よりも目の前の納品を優先せざるを得ません。

「とりあえず言った通りにやって」

「説明は後にするから、今はこれを終わらせて」

その場を乗り切るためには必要な指示です。

しかし、「後で説明する」が繰り返されれば、教育は永遠に始まりません。

そして、人が育たないため、ベテランに仕事が集中します。

ベテランが忙しくなり、さらに教育する時間がなくなる。

若い人は簡単な作業だけを任され、仕事の全体像を理解できない。

成長実感を持てず、離職する。

人が辞めたため、残った人の負担が増える。

これは典型的な悪循環です。

この循環を止めるには、教育を精神論で語るだけでは足りません。

教育時間を確保できる業務構造へ変える必要があります。


システムは、人を減らすためのものではない

私たちがオーダー管理、請求管理、タスク管理、経営管理などのシステムを開発している理由も、ここにあります。

目的は、人員削減ではありません。

人が本来使うべき場所へ時間を戻すことです。

同じ情報を何度も転記する。

納品予定を複数の紙や画面で確認する。

請求書へ同じ内容を再入力する。

誰が何を終えたのか口頭で確認する。

過去の数字を探すために資料を何枚もめくる。

こうした作業は必要に見えますが、多くは仕組みによって削減できます。

無理・ムラ・無駄を排除する目的は、単に早く仕事を終わらせることではありません。

余白をつくることです。

  • お客様と向き合う時間
  • 商品を研究する時間
  • 売場を考える時間
  • 数字を検証する時間
  • 若い人と対話する時間
  • 失敗の原因を振り返る時間
  • 次の挑戦を考える時間

これらを確保するために、仕組みに任せられるものは仕組みに任せる必要があります。

システム化によって人の仕事を奪うのではありません。

人にしかできない仕事へ、人を戻すのです。

教育もまた、人にしかできない重要な仕事の一つです。


教育とは、仕事の未来をつくること

人手不足や後継者不足に対して、求人広告を増やすことは必要です。

待遇を改善することも、休日を増やすことも重要です。

しかし、それだけでは長期的な解決にはなりません。

人が入社した後、この仕事にどのような可能性を感じられるか。

作業者として使われ続けるのか。

それとも、自ら考え、成果をつくり、成長できる人材として扱われるのか。

その違いは非常に大きいと思います。

教育とは、花束の作り方を教えることではありません。

水揚げの手順を覚えさせることでもありません。

それらは教育を構成する基礎の一部です。

本当に大切なのは、

本人が自ら課題を発見し、自分の判断で行動し、結果を数字で検証し、次の改善へつなげられる状態をつくること

です。

教える側は、答えを独占してはいけません。

教わる側は、答えを待ち続けてはいけません。

双方が同じ課題へ向き合い、考え、試し、結果から学ぶ。

その繰り返しによって、人はワーカーからマネジャーへ成長します。

小売業も花屋も、生半可な覚悟で続けられるほど簡単な仕事ではありません。

だからこそ、言われた作業だけを繰り返す働き方では、苦しさだけが残ります。

一方で、自分で課題を解決し、自分の行動によって数字をつくれるようになれば、仕事の見え方は大きく変わります。

商品を見る視点が変わる。

お客様を見る視点が変わる。

仲間を見る視点が変わる。

会社を見る視点が変わる。

そして、自分自身の可能性も変わります。

未来を担う若い世代に、技術だけではなく、この視点を伝えていくこと。

仕事の厳しさを隠すのではなく、その厳しさを越えた先にある面白さを伝えること。

自分で考え、自分で数字をつくる力を身につけてもらうこと。

それこそが、経験を積んできた私たちの世代に求められる教育ではないでしょうか。

人を育てるということは、現在の仕事を教えることではありません。

その仕事が未来でも必要とされる形へ、次の世代とともに昇華させることです。